1.低下する日本の子どもの運動神経

放課後になっても、休日になっても、夏休みでも、外には子どもたちの遊ぶ姿はほとんどない。

 公園には、この遊具でこの遊び方をしなさいとばかりにカラフルでかわいらしい遊具が並ぶ。

 町の塾の前、スイミング教室や英会話教室の前には子どもたちが乗ってきた自転車があふれるように止めてある。

 このような風景の中では、最近の子どもたちの運動能力が低下していくのも当たり前だ。

 何か運動にふれあえるとすれば、野球やサッカーチームへの加入やスポーツクラブへの入会を選ぶしかない。しかし、それらは金銭的にも環境的にも、手軽にスポーツを楽しむ方法とは言えない。

 今の日本に思いっきり体を使って運動が手軽に出来る環境はない。スポーツを普及させようと、ゆとりのある地域は多くの種目をこなせる大きな体育館を建てたり、フィールドスポーツなどのグラウンドを整備しているが、そこにも子どもの姿はない。

 このような現在の状態が今後も変わらないとすると、子どもたちの運動能力は確実に下降線をたどる一方だろう。じっとはしていられない。

 

2.適正期

人間の成長は発育の種類によってそのスピードや発育の時期が違う。スキャモンによる発育曲線によれば、身長や体重内臓などの発育

 

 

 

 

 

 

 

 

を示す一般型曲線の特徴は、乳児期まで急速

に発達し、その後は穏やかになり二次性徴が現れる思春期頃に再び急成長し、大人の体型となる。

視覚・聴覚・触覚といった受容器の神経や、器用さ・リズム感等を司るのが、神経型曲線で、出生直後から急激に発育し4・5才までには、成人の80%程度、6才では90%にも達する。

免疫力を向上させる扁桃やリンパ節などの発育を示すのがリンパ型曲線で、12才から13才にかけて急激に成長し成人のレベルを超え、思春期過ぎから成人のレベルにもどる。

男児の陰茎・睾丸、女児の卵巣・子宮などの発育を示すのが生殖型曲線で、特徴は14才あたりから急激に発達するところにある。

このような多様な成長段階を同時に内在させている子どもたちを大人を単に小さくしたものと考えてはいけない。運動に関しても、運動能力を高めよう、運動神経を鍛えようと、大人と同じような形でむやみに運動すればよいということではない。

 14才で出産しようと思ってもそれが無理であるのと同様に、14才になってから運動神経を鍛えようと思っても、その実現が非常に困難であることは一目瞭然である。

 

発育・発達パターンと年齢別運動強化方針

(宮下充正、他編:子どものスポーツ医学、宮下充正:小児医学、19:879-899,1986,より引用)

 

 これまでの研究によれば、人間が運動神経を鍛えていく上でもっとも適した時期が三回あるといわれている。

第一期は発育曲線にも見られるよう、神経系の発育がもっとも顕著な6才頃までの時期。

 第二期は、話を聞いたり理解できるようになってくる9才から10才の頃。

第三期は体格や筋力などの一般型発育が充実し、第二次性徴後から青年期である。

この三つの時期のうち、第二期に当たる時期は、現在の日本では中学受験の準備期とも重なることもあり、運動環境から離れる子どもが多い。

 実際、私は私立女子中学・高校の体育の教師をしているが、このように「運動離れ」して入学してくる子供達の運動能力の歴然たる低さに愕然としている。

 例えば、準備体操の腹筋が出来ない。かかとで走る。ソフトボールのボールが取れない、投げられない。ボールの描く放物線が読み取れない。バウンド、クッションボールの予測が出来ない。ラケット競技ではボールがきちんと打てないどころか、そもそもボールにあてられない。ラケットの面やバットの軌跡を想像できない。マット運動では前転した後めまいがして起きあがれないといった状態である。

 これではスポーツを楽しめと言っても、逆につらい経験にしかなり得ない。

また、今年度がは機会があって公立小学校で2年生の体育を教えることになった。

 自分の経験から予想できたことではあるが、そこでは、みんな本当に楽しそうに体育をしているではないか。小学生に好きな教科を訪ねると、体育は必ず上位にランクされる。人間もまだまだ捨てたものではない。運動神経の「巧みさ」がもっとも発達する時期に、運動したいという欲求を本能的にちゃんと持っている。

 であるならば、この欲求を基盤として第一期から第二期までの間に多くの運動神経回路をつなげられるような経験ができたら、こんなにすばらしいことはない。そういえば、昔はちょうどこの第一期から第二期の時期に子供たちは、野山をかけまわり、川で遊び、木のツルを見つけてはぶら下がり、日が暮れるまでとことん遊んでいたではないか。

 

3.必要な力

 一般的に運動能力とは、筋力・瞬発力・持久力・調整力(平衡性・敏捷性・巧緻性・柔軟性)など、体力測定で測れるようなものとされている。

これに対し、私たちが一番最初に注目した力は、運動能力の中にはあげられていない、いわば運動能力という分類を超えた力だった。それが「目」である。この「目」は運動神経を身につけるために外界から情報を取り入れる非常に重要な感覚器である。その感覚器に着目した。

第一期は神経系がもっとも発育していく時期なのに、言葉を理解する力や、集中して何かを練習していく力、発育曲線の一般型の曲線からも読み取れるように筋肉の力などは、とても劣っている。ところが、このように理解力がなく、注意散漫で筋力のない第一期の子どもたちに、実はある優れた力が備わっていることに気づいた。

 赤ちゃんは生まれてから成長していく過程で、寝返ったり、はいはいしたり、立ち上がったり、歩いたり、道具を使ったりといった、いろいろな動きを身につけていくが、その様な多様な動きを実は「見る」ことだけで習得しているのである。このように、赤ちゃんの「見た」ものをまねする力こそ、運動能力の一番最初の入り口なのだ。

 この「見る」に関連して、二つ目に注目した力が「動体視力」だ。

 生まれてからすぐに、赤ちゃんの視力は成人と同じくらいまで発達する。ところが、動いているものを目で追う力「動体視力」は急速には発達しない。そのため子どもたちはこの動体視力が弱いのだが、同時に視野も狭い。ゆっくりしたスピードのものを目で追うことは出来るが、少し速いスピードが速くなると、もう追うことが出来ない。

 だからこそ、この第一期の時期にたくさん動くものを追う経験をする必要があるのだ。スピードだけでなく、放物線を描く動き(地球の重力を感じとる)が想像できたり、バウンドや壁などに跳ね返る動き(入射角や反射角のイメージ)が感覚的に身につくという事が大事なのだ。

 3つ目に注目したのは、「三半規管」。

三半規管とは人の体がどの向きになっているか、どんな回転をしているのかという情報を司る受容器である。耳の奥にあるこの器官は、上下左右3方向に半円形のドームが組み合わさり、中で動く砂のようなものの位置で、体の方向がわかる仕組みになっている。

 小さな子どもがよくやる遊びで、自分がコマのようになり、ぐるぐる回っている姿を目にするが、こんなことを、大人はすき好んでやったりはしない。公園にブランコがあると、子どもたちはそのブランコに乗り続ける。大人になってから長時間ブランコに乗っていると、気持ちが悪くなりかねない。

 子どもには、めまいを起こして、この三半規管を鍛えようとする自然の欲求があるのだといえる。そういえば、赤ちゃんは「たかい、たかい」に、大喜び。縦方向にでも横方向にでも、とにかく回転することが大好きだ。

 しかし、ともすれば、この運動でさえ、それを元気よくやるための、「時」と「場合」が少ない。「時」と「場合」をよく見極めないと、周囲から冷たい視線が集まる。子どもの本能も、今や「時」と「場合」を見極めないと、発散できないのである。

 運動を止め続けられてきた、私学受験組の子どもたちは、三半規管への刺激も少なかったことが想像できる。マット運動の前転で目が回る理由がわかるようだ。

 

4.環境と興味

前にも述べたように、子どもたちは、見たものを「まね」するのが大好きだ。昔は、地域の中に必ず、運動神経抜群のヒーロー的存在の子どもがいて、年下の子どもが「まね」し、それが繰り返される中で、子どもたちはいろいろなことを覚えていった。

小学校の授業をやって感じたことだが、「こんなことをやってみよう!」と説明をしている脇から、すぐにやりたくってしょうがなくなる子が多い。嬉しいことだ。本能が働いている。

見た「動き」をまねし、それに近づこうとするこの時期の子どもたちには、出来る限り本物を見せてあげなければならない。良い動き・速い動き・強い動きなど、出来る限り優れたものをだ。「高い」「速い」「遠い」「柔らかい」といっても、言葉で説明しただけでは、子どもはそれがどれくらいのレベルのものかは、わからない。具体的に「ジャンプの高さ」「かけっこの速さ」「ボールが飛んでいく速さと遠さ」「180度の開脚の柔軟」などを見せることが大切だ。しかも、一流のもの、一流の動き、を見せることにより、子どもたちは「あそこまで近づこう」「ああなりたい」と、まねし始めるのである。

子どもは遊ぶ時、自分たちの手に届く身近なもので遊ぶ。逆に言えば、手に届くものにしか出会えない。

家にピアノがあれば自然と音楽との出会いがあるだろうし、本棚にすてきな絵本がたくさん並んでいれば、すてきな文学的感性との出会いがあるだろうし、望遠鏡でもあれば、宇宙の世界への扉が開かれるだろう。

手に届くところにあるものは、興味さえあれば、その世界を覗くことが出来るが、身近に思われやすいスポーツ環境は意外に家庭で作ることは難しく、社会的に見ても、運動神経を鍛えるための環境は今の日本では激減している。

 今の社会環境において、失われてしまいつつある昔からの良いものが、身近なものとして子どもたちのに手に容易に届く環境が必要なのだ。

 

5.発見

 私たちは、当分変わらないであろう日本のこの環境の中で、大きな予算も必要なく、金銭的な負担もほとんど要さないスポーツ環境を、すぐに手に届く距離で作り上げる試みを始めた。「やんちゃるジム」である。

そして、その取り組みの中で、新しいシステムと新しい力を見つけたのである。

 近年、世界的にジュニア選手の育成の低年齢化が進んでいる。日本も例外ではない。少数精鋭制で、ほんの一握りのジュニア選手が、たった一つの種目に没頭している。

日本のスポーツクラブは、そのほとんどが「体操」教室や「スイミング」教室のように一つの種目で教室を成立させ、もっぱらその「一つ」の種目の練習をする。

家計という観点からいると、子どもにいろいろなスポーツ体験させようとして、テニススクール・体操教室・スイミング教室に通わせるとなると、その月謝は3教室で20,00025,000円ほどになるだろう。兄弟姉妹が3人の場合、それだけで月に70,000円前後のの出費になる。とても気軽に体験させられる金額ではない。

大人が健康のためにスポーツジムに通うといった場合でも、事情は同じ事である。

ほとんどの人が気づかず、従って意識もしていないのだが、実はスポーツ界には医学界における医局の壁に相当するような「種目の壁」が存在している。

 私たちは、誰も気づいていない「種目の壁」を破る新システムをスタートさせた。

 活動時間帯は学校週五日制になった時から新しくできた家庭の余暇の時間帯を見逃さず、小学校の地域解放の体育館を使って、親子で行えるスポーツ教室として土曜日の午前中に設定した。

 その体育館に、スポーツをやりたい親と子どもが、やってくる。一人の子供がその日可能な限りの多くのスポーツ種目を経験する。同じ体育館の中で、複数の種目が同時並行的に進行・展開する。

活動は1時間。まず、運動神経回路をつなげるための準備体操を行う。運動がうまく行えるようにするための筋力やスピード・バランスを向上させるための補強運動や準備体操を行う。

走る練習ラダートレーニング

そして専門種目の練習に入る。

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                  一回1時間の練習計画

筋力強化運動も子どもたちが抵抗なく取り組めるよう、昔から慣れ親しんでいる童謡を取り入れ、親が童謡を歌い子どもは童謡にあわせて筋力トレーニングをする。例えば、

   ももたろう(腹筋運動)

あお向けに寝ころび、おへそを見るように、首を起こす。「ももたろさん」の歌に合わせて胸の前で手をたたく。8呼間めで負荷をかけるように手を前に伸ばす。腹筋運動が出来ない小さな子どもでも、腹筋が鍛えられる。

「ももたろうさん」の腹筋

  ぞうさん(背筋運動)

大人が子どものまたの間に入り、子どもを持ち上げる。子どもは前に手を伸ばし「ぞうさん」の鼻になる。「ぞうさん」の歌に合わせて、像が鼻を持ち上げるときのように、上体を起こす。

「ぞうさん」の背筋

  あんたがたどこさ・ごんべさんの赤ちゃ

ん(脚力運動)

ゴムを使い、左右飛びや前後飛び、中に入ったりまたいだりと、リズムに合わせて脚力を鍛える。

「ごんべさんのあかちゃん」のゴム段跳び

それ以外の運動能力を高めたり、体を鍛えたりする準備体操としては、体育館を忍者屋敷に見立てた「体錬忍者屋敷」がある。

   忍法一本橋渡り(平衡感覚)

  忍法空中綱渡り(ぶら下がるキープ力)

     忍法空中綱渡り

  忍法壁渡り(腕力)

  忍法坂転がりの術(三半規管訓練)

  忍法縄抜けの術(動体視力)

  忍法山登りの術(空中感覚)

  忍法変身の術ライオン・カエル(肩力)

ライオン

  ウサギ(脚力)クモ(背筋・腹筋)

クモ

ワニ(肩力)ゆりかご(腹筋)

また、様々な大きさのボールを使ったボール投げなど。

同時に二つのボールを使う動体視力と視野強化の練習

動きながら次の動きを読み取る練習

これらの準備体操で走・跳・投・柔軟性・調整力・敏捷性・からだ全体の筋力などを刺激する。

準備体操の次に、体育館の中には、まるでお祭りの出店のようにあちらこちらで、いくつものスポーツ種目の練習が同時スタートする。子どもたちは、自分の興味のわいた種目の練習を好きなだけ行う。

心も体も真っ白な子どもたちのなかにそのスポーツへの興味がわき、やってみたいという気持ちが起こり、実際にやってみる。その気持を大事にする。

そのとき必要になってくるのが、その種目の数に応じた、それぞれの種目のコーチである。

「親子」参加を原則とした「やんちゃるジム」の活動、その活動スタイルの中に大きな力が潜んでいたのである。

一昔前まで、日本の中学・高校は運動部の活動が非常に盛んであった。思い出してみても、放課後になると、「あんなに・・・」というほどたくさんの人が部活動にいそしんでいた。しかし、そのスポーツを大学や社会人まで続け、仕事にまでしている人は、ほんの一握りである。ほとんどの人はスポーツに無縁の仕事に就き、あるいは家庭に入る。

「やんちゃるジム」の活動を展開していく中で、実は、青春時代に「あんなに」情熱を傾け時間を費やしたスポーツ経験者(しかも、スペシャリストといえるほどの)の「普通」のパパやママが地域の中には本当にたくさんいたのである。

眠っていたその力が、この「親子」活動をきっかけに目を覚まし、多種目にわたるその力は昔の輝きを取り戻し、地域の大きな力となって子どもたちの運動能力を磨き始めたのだ。

その力に後押しされ、現在「やんちゃるジム」では、「英語でストレッチ」「エアロビクス」「陸上」「体操」「バスケット」「バドミントン」「卓球」「テニス」「野球」「サッカー」「ラグビー」「ダブルダッチ」「バレーボール」「リズム縄跳び」「クライミングロープ」「ゴム段」「柔道」といった数多くの種目を取り入れて、運動神経を育て、つなげるための運動を行っている。

中学・高校時代に、あるいは大学時代に、その道で腕を鳴らした親が中心になり、運動の「根っこ」を読み解いていく。

最初に何をどのように練習すればうまくいくか、どの神経を育て、つなげておけばうまくいくか、その道を体験してきた人にはわかるのだ。

そのようにして、読み解かれた運動の各構成要素を、身近な材料を使って、完成された運動に達するまで段階的に習得できるようにしている。一つの運動をいくつか簡単なものに分けて練習する「分解方式」である。

その方法で、何を何のために、どのように練習するかを親と子どもに同時に伝える。子どもの理解力が不十分であっても、子どもとほぼ同じ人数がそろう親(大人)にも伝えることにより、親(大人)を介して、子どもへの伝達の目的が、十分に達せられるのである。いわゆる「少人数教育」がいま、求められているが、それが「やんちゃるジム」では、ほぼ理想的な形で成り立っている。

純粋に親という立場から自分の子どもに何かを教えようとすると必要以上に怒ってしまったりするが、グループとして少し距離をおくことが、この親子関係にも良い影響をもたらす。例えば、隣の子どもには優しくなれるように、ゆったりした気持ちがわき、うまく伝えられるものだ。

活動の中で、野球部出身のパパの遠くまで飛ぶボールを見た後の子どもたちの投げ方の変わりよう。バスケット部出身のママのドリブルを見た後の子どもたちの変わりよう。体操部出身のパパの逆立ちを見た後のやる気。子どもたちの目はますます光り輝いてくる。輝くのは子どもたちの目だけではない。昔輝いていた、親たちの目も、輝きを取り戻すのだ。

 

6.アイデア

昔、自然の中で遊びながら、運動神経を磨き、神経回路をつなげていた頃のような運動にアレンジを加え、私たちは現代版として復活させている。たとえば、

@木の上や、がけの上、高いところから川や海にとぶ遊びを、ろくぼくから下に敷いたエバーマットにとびおりることで復活させた。ろくぼくで行うため、子どもたち一人ひとりにあわせて高さを調節できる。空中感覚や着地時の関節運動、その際に必要とされる筋力が理解できる。

Aターザンのように木のツルなどにぶら下がって、昇ったり、遠くまでとんでいたような遊びを、古シーツを編んで作った長いロープを天井からつり下げて、復活させた。腕のちからや、からだの引き上げ方が身につく。また、振り子運動や、その振り子運動の遠心力が放物運動に変わる時に生じるとび出す力や、その方向性・ベクトルを体で理解できる。

B水面にでた石をとんで、川の向こう岸にわたった遊びを、跳び箱や、平均台などで復活させた。バランスを取りながらの調整力や、大きな視野をつかっての先読みのちからを養える。

C雑木林の中や、山や川での鬼ごっこを、ゴムを使って復活した。色々な高さに設定したゴムを、とんだりくぐったりするなかで、受け身や身のこなしなどの巧みさを養うことができる。

筋力・瞬発力・持久力・平衡性・敏捷性・巧緻性・柔軟性など、運動の諸能力・諸要素を遊び感覚でバランスよく磨き、運動神経を、つなげる。

 それぞれのスポーツ種目にも研究を重ねた。

小学校高学年の算数の授業内容を低学年にやらせてみても、効果は上がらず、いやになってしまう気持ちばかり生まれてしまうように、

運動にも順序がある。出来ない運動をいくつかの出来る運動に分けて練習していく事が大事だ。出来る運動を何度も練習していくと、必ず次の段階に進みたいという気持ちが涌いて来る。その気持ちが上達のスピードを後押ししてくれる。

また、その練習が身近に感じられることや、専門家がいなくても家庭で気軽に練習に取り組めるような工夫もしている。

たとえば、さかあがりの練習方法をあげてみよう。

鉄棒に代わる身近な材料として、私たちが選んだのは、ほうきや物干し竿である。

また、さかあがりの技術を解読した結果、体を引きつけるための筋力をつける運動と、回転する感覚を身につける運動という二つの要素に分けて練習を構成した。

体を引きつける運動は、ほうきの柄の両端を大人が持ち、間に子どもがぶら下がる。肘を伸ばしたパターンや曲げたパターン、伸ばした所から曲げるところまで続けるパターンなど、筋肉を多様に反応させて引きつけの力を身につける。肘を曲げ、連続してぶら下がることのできる目標の最短の時間は5秒。5秒肘を曲げてぶら下がることが出来れば、その5秒以内に逆上がりが出来ると判断した。外の鉄棒などでぶら下がる特訓をすると、耐えるだけの練習といったイメージで苦しさだけが浮き彫りになるが、大人が両端を持つために子どもがぶら下がったまま移動することもできる。まるでロープーウェイのようで、子どもも楽しみながら取り組める。

肘まげぶら下がり

回転感覚を身につける運動は、逆さまになった時に、足先の位置が理解できていないという点に注目し、逆さまになった状態での練習をしている。

子どもは仰向けに寝る。ほうきの柄を子どもの骨盤あたりに上からあてる。子どもはほうきの柄を握り、そのままマットで行う後転をする。

棒を骨盤に当てる

足先が頭の上の方にまわり、下半身がほうきの柄にくるっと巻き付いた瞬間に大人はほうきを持ち上げる。

足先を頭の上の方に回す

すると、子どもは、ほうきの柄の部分にかけられた洗濯物のようになって、つりあがる。

足の付けねがかかった瞬間につり上げる

足が棒の向こう側に行くことにより、足の付け根に棒が引っかかるという、さかあがりの最大の快感を覚えることが出来る。この快感を覚えてしまえば、ほうきを少しずつ子どもから離していっても、子どもは、引っ張ってでも、蹴り上げてでも、足の付け根を棒に引っかけようとする。

こうして、「できないこと」を、いくつかの「出来ること」に分解すると、それらは全くほど遠い目標ではなくなり、その練習を楽しむことができ、いずれ力と感覚が身に付いたときに、さかあがりは完成する。

ここでは、さかあがりの例をとりあげたが、どの種目の、どんな練習にもこのような誰でも出来る工夫を心がけている。

一度やってみては反省し、研究し、子どもたちに一番理解しやすい方法をあみ出す。

一週間に一度の練習だが、指導者になった大人は、次の活動に向けて、何をやるか、どのように運動を分解するか、どうしたらよいか、どのような材料を使いどのような言葉で伝えればよいか、と、次の練習までの一週間、あれこれとアイデアを考える。

このことが、大人たちにとってもやりがいとなり、大人たちも成長し続けるのである。

スポーツの種目ごとの練習にはレベル別指導を取り入れている。

例えばマット運動の倒立には次のように級を付けた。

「名人」一人で10秒以上立っていられる

「1級」マットがあれば一人で練習できる

「2級」壁があれば一人で練習できる

「3級」大人が持ってくれれば練習できる

「4級」逆立ちになる前の練習

マット運動に限らず、バスケット・ラグビー・バドミントン・卓球などの専門種目は、その子どものレベルにあわせて、いくつかのグループ分けを行い、能力に合わせて練習方法を考えている。

 

7.地域活動

活動時間は一時間しかないが、その間の体育館の中は、本当に活気に満ちている。

あちらでもこちらでも、アイデアに満ちたスポーツ種目の経験をする子どもたちを、たくさんの大人が手をさしのべつつ、見守っている。普段仕事に追われ、地域から離れがちな父親もご近所と知り合いになり、自分の子どもの友達とも仲良しになる。父親の地域での居場所ができあがり、新たな方向への発展も期待できそうだ。

その点からも、親子で地域の小学校に足を運ぶだけで、子どもが興味のある運動を練習し運動神経を磨くことができ、大人も興味のあるスポーツに無理なくマイペースで参加でき、生きがい・やりがいををみいだせるのである。

身近で簡単に手に届くところに、こんなにたくさんの運動に出会え、たくさんの種目のスポーツを体験できる環境ができあがったのである。

運動神経発達の第一期から第二期は、家庭から見ると、「子育て中」の時期である。

特に子どもが小さい頃は、親は自分のやりたいと思うことが、思い通りに出来ず、ストレスを募らせることが多い。

小さい子どもを抱えていると、好きな趣味もできないことが多い。好きなことも子育て中は一休みして、子育てが一段落してからという考えが一般的だ。これに対し「やんちゃるジム」の活動は、自分の子どもと一緒に参加する活動の中で子どもたちと一緒にスポーツしたりエアロビクスをしたり、過去の栄光を活かして、子どもたちの役に立ったりと、子育て中でも達成感や向上心という点での刺激を受けられ、ストレスも解消してくれる。そのうえに、人の役に立つという喜びまでが得られる。子育て中も一休みせず、何かが出来る充実感がもてる。普通は親が趣味にのめり込めばのめり込むほど家庭に大きな負担がかかることになるものだが、この活動ではのめり込めばのめり込むほど、自分の子どもや地域を豊かにしてゆくことになる。

 

8.日本の子どもの運動能力を救う

「やんちゃるジム」では、いろいろなスポーツ種目の基本的な動きを経験することによって、自分はどのような種目のスポーツが好きなのか、どのような種目のスポーツが合っているのかを、運動神経成長期第三期の前に的確に見つけることが出来る。ある程度基本を身につけているので、スポーツを楽しいと感じることが出来る。小学校の施設を借りて行っているため、費用はほとんどかからない。身近な場所であるため気軽に足が向く。

うまい具合に小学校は全国にバランスよくある。きっと、その全国のどの地域の小学校地域にも中学校や高校時代に青春を運動部に費やしたパパやママたちの力が、かならず眠っているはずである。

実際に、地域総合型スポーツクラブとして、新聞各社にも取り上げられたり、モデル事業としての役割を担いはじめている。その、私たちの「やんちゃるジム」型の活動を是非普及させたいと考えている。

5年間であっという間に300名ほどに会員が増え、入会待機者も多い。この、多くの人に必要とされている「親」の視線から生まれた活動を普及していくうえでの課題にも取り組みはじめた。

普及のためには、地域の人材発掘や、更には運営上のテクニックも求められることになる。「やんちゃるジム」の5年間の活動の中でそのアイデアや手法は十分に蓄積できたと自負している。まずは近いところからだが普及活動にも取り組みはじめたところである。

今後もさらに多角的な研究を進めていきたい。

 

参考文献

「スポーツの得意な子に育つ親子遊び」

白石 豊 著 

PHP研究所(2005年)  

 

「こどものスポーツ医学」

浅井 利夫 著

株式会社新興医学出版社(平成13年)



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